「反日」化するドイツの正体

まえがき

「立派なドイツ、だめな日本」というステレオタイプの欺瞞

ドイツでは、二〇二〇年の半ば以降、極右・ネオナチ勢力による大規模なテロ攻撃や武装反乱、場合によっては民主体制転覆をもくろむクーデターが起きる事態が、深刻に危惧されている。その勢力のメンバーは全国規模のネットワークを持ち、連邦軍の特殊部隊「KSK」を中心に治安機関、警察組織など広範囲にわたって潜伏しているという。過激分子はごく一部ながら摘発され、プラスチック爆弾、自動小銃などの武器のほか、ナチ親衛隊の軍歌集などナチス遺品も多数押収された。KSKだけで約四万八千発の銃弾や約六十二キロの爆薬が所在不明となっていることも明るみに出た。これまでに、陰謀に加担した疑いで兵士や警察官など計六百人以上が取り調べを受け、KSKのある中隊には極めて異例の解体命令が出された。だが、勢力のネットワークははるかに大きいとされ、全貌は不明だ(米ニューヨーク・タイムズの調査報道およびドイツ・メディアの報道から)。

ドイツの世論調査(第一公共放送ARD 二〇一九年七月四日)では、次のようなデータがある。

〈極右がわが国を変えるのではと恐れている〉六七%
〈国はあまりにもしばしば極右・ネオナチをのさばらせている〉六六%
〈極右の主張が社会的に受け入れられるようになった〉六五%
〈治安当局はインターネットやSNSをもっと監視すべきだ〉六五%

この調査の時期は、大がかりな陰謀が明るみに出るより一年前であることが注目される。
国際社会で、ドイツは「ナチスの過去」を清算したとみられている。初代大統領ホイスにはじまる歴代首脳は「過去の克服」という言葉を使い、国家の名誉回復を目指してきた。だが、氷山の一角が発覚した極右・ネオナチの陰謀は、その「過去の克服」が空疎なスローガンにすぎないことを示している。詳しくは、本書[第4章 世界を欺いた「ドイツはナチの被害者」でつづる。

 

一方でドイツは、近年、マスメディアや連邦議会、学界、民間を問わず、戦争責任をめぐって日本をスケープゴートとする言動をみせている。「ナチスの過去」の罪責を相殺そうさいするため、強引に「旧日本軍の悪行」と対比しようとする。そこには、潜在意識下の歪んだ心理メカニズムがうかがえる。心理学でいうスケープゴートとは、たとえば、新型コロナウイルス禍での人びとの自粛ストレスを背景に、SNSなどで誹謗中傷される感染者がそれだ。

先の大戦で敗れたドイツは、ホロコースト(ユダヤ人その他の大虐殺)などによって国際社会から非難を浴びた。ヒトラーのもとドイツが行った「世界観戦争」とは「絶滅戦争=みな殺しの闘争」だったことが明らかになっている。

日本も敗戦国だったが、ドイツと日本それぞれの戦争は、目的も戦い方も残虐性もまったくちがった。しかし、二〇世紀末以降のドイツは、「日本軍がドイツ軍と同等かそれ以上の残虐行為を行っていた」かのような印象を創出し、わが国を名指しで非難する。

国際社会には“立派なドイツ、だめな日本“という見方が根強い。ドイツは歴史と真摯に向き合い「過去の克服」に取り組んできたが、日本は反省も謝罪も足りず、周辺国といまも深刻なもめ事を抱えている――と。

特に二〇二〇年九月、首都ベルリンの公的な場所に、韓国系反日団体が旧日本軍の慰安婦を象徴する「少女像」を設置し、日独外相レベルでの問題となった。日本政府が像の撤去を要請する一方、ドイツにはその設置継続を支持する知識人や一般市民が少なくない。「過去を反省しない日本」が悪、「過去を反省しているドイツ」は正義という構図ができあがってしまった。わが国の負のイメージは、ドイツ発で国際社会に広がりつつある。

こうした見方は事実を知らないまったくの先入観、固定観念にもとづくものであり、本書では「独日ステレオタイプ」と呼ぶことにする。

筆者は、二〇〇一年、『〈戦争責任〉とは何か 清算されなかったドイツの過去』(中公新書)を上梓した。副題にあるように、過去を清算したとされるドイツは、ふたつの国家的トリックをもちい、ヒトラーとナチスをスケープゴートとし、あたかも過去を清算したかのように、自らと国際社会をあざむいてきた。その事実を、さまざまな史・資料と大戦の加害国、被害国双方での現地取材にもとづいて論証した。

世に有名な一九八五年のヴァイツゼッカー演説こそ、ふたつのトリックの集大成であり、戦後のドイツ(連邦共和国)の国家神話を確立したのだった。この演説は、独日ステレオタイプが国際社会に広まる大きなきっかけとなった。

しかし、トリックが一九九〇年代後半以降に崩れスケープゴートを失ったドイツは、やがて、韓国の反日団体にそそのかされるまま、矛先を日本に向けるようになった。

 

ドイツの有力紙・南ドイツ新聞の極東特派員だったゲプハルト・ヒールシャーは、かつて、テレビ朝日系列の深夜討論番組『朝まで生テレビ!』などで、盛んにドイツの「過去の克服」を語り、日本の取り組みを上から目線で批判していた。

だが、ヒールシャーは拙著を読んでドイツについて沈黙するようになり、テレビからも姿を消した。彼をごく近くで知る人たちが、その内幕を筆者にわざわざ伝えてくれた。彼の言説は独日ステレオタイプにもとづく皮相なものだった。そして彼には、両国の戦争と戦後処理について一定の知識があったが故に、拙著にはとても反論できないと悟ったらしい。

拙著が紙誌の書評欄に取り上げられ、ヒールシャーも沈黙して以後しばらくのあいだ、独日ステレオタイプが日本のメディアでも言及されることはほぼ皆無となった。

だが、もともとこの固定観念は、ドイツ発というより、わが国左派のメディア、進歩的文化人、その系列につながる人物らによる〈日本発〉だった。彼らは「戦争・植民地被害国への姿勢や戦後補償への日本の取り組みはなっていない」という言説を、内外に広めた。自らの戦争責任は棚に上げ、日本という国や日本人を批判する歪んだ自己愛のためだった。

そうした底流があるため、独日ステレオタイプはゾンビのように復活した。特に韓国メディアは、ブラント独首相が一九七〇年にポーランドのゲットー英雄記念碑前でひざまずいた有名な写真を使い「日本もドイツを見習え」とくり返す。二〇二〇年夏には、当時の安倍晋三首相が慰安婦に土下座する像が問題となった。制作者はブラントのひざまずきをヒントにしていた([第三章 侵略への許しを乞う「ひざまずき」ではなかった]を参照)。

 

独日ステレオタイプを広めてきた元凶の日本人は、たとえば次のような人物だ。

  • じつは半可通なのに、ドイツの過去への取り組みは素晴らしい、とテレビ特番で手放し礼賛の解説をしたジャーナリスト・池上彰
  • 自称ヨーロッパ通の国際政治学者ながら、ドイツ人の本音や裏の事情を知らないまま戦後ドイツを高く評価する元東京都知事・舛添ますぞえ要一よういち
  • 政界では「碩学せきがく」とされ首相候補のひとりともなりながら、聞きかじりでドイツの戦後処理は模範だと公言する自民党衆議院議員・石破茂
  • ヴァイツゼッカー演説を高く評価し、その日本語訳『荒れ野の40年』などを刊行、ヴァイツゼッカー神話の伝道師となった国際政治学者・永井清彦
  • 小説『箱の中の天皇』でヴァイツゼッカー演説を絶賛した作家・赤坂真理
  • 戦後、日本には東京裁判史観=戦勝国史観が厳然として存在するが、ドイツにニュルンベルク裁判史観なるものはない。また、ヴァイツゼッカーの後任ヘルツォーク大統領は、ドイツ人の歴史認識を覆す画期的演説をした。それら戦後ドイツの少なくとも六つの重大な事象を無視して大著『過去の克服 ヒトラー後のドイツ』を刊行した、わが国ドイツ近現代史研究の第一人者とされる東大教授・石田勇治

これら六人に比べれば、いくぶんバランス感覚を持って戦後ドイツをみた知識人として、たとえば東大名誉教授・大沼保昭がいた。しかし、こういう人物はごく少数派で、独日ステレオタイプは特にわが国で根づき、中韓にも伝わっている。

 

わが国のイメージ(パーセプション)は、国際社会でますますおとしめられている。とりわけ看過できないのは、ベルリンのケースにも顕著な、米欧やオセアニアで慰安婦像を建てる韓国系反日団体の勢いだ。

ヨーロッパでも慰安婦問題は、偏向したメディア報道によって、悪い意味でかなり知られている。筆者がドイツやポーランドなどの知識人らに「その火元=震源地は韓国ではなく日本の反日勢力であり、彼らが火をつけ燃え上がらせた」と説明すると、一様に驚いた。「いったい、どんな動機や目的でそんなことをするのか?」と。

特にここ数年、ドイツに韓国と日本の反日勢力がからみ、わが国のイメージをおとしめるプロパガンダ活動が展開されている。近年の韓国は、旧日本軍をナチスと同一視させるための印象工作を展開してきており、その点でナチスを絶対悪としてきたドイツと波長が合う。

とりわけ二〇一六年から、慰安婦像を建てようとする在独韓国系反日団体の動きが目につくようになった。ドイツ人らも積極的に加担し、その陰にわが国の反日勢力がいる。

ドイツについては、かつて国防軍やナチ組織が占領地などで女性を強制連行して性奴隷にした事実が、研究者によって明らかにされている。それにもかかわらず、ドイツのメディアは自国の過去を無視またはタブーとし、一般国民も知らず、日本を独善的な立場から糾弾する。

日本のイメージが悪いのは、次の二点に主な原因がある。

① わが国左派のメディアや活動家が、祖国を批判する虚実ないまぜの情報を発信しつづけてきた。
② 韓国が歴史を捏造して理不尽な反日活動を内外で展開し、ドイツなど第三国に広めてきた。

だが、日本人の多くも国際社会も、そういう常軌を逸した者たちの活動によって、現在でも独日ステレオタイプが拡大再生産されている事実にほとんど氣づいていない。

なぜ、ドイツと日本の国家イメージが、これだけかけ離れてしまったのか。ドイツは対外イメージをひどく氣に懸け、首脳らの演説をはじめとするパフォーマンスも巧みであるからだけではない。結論から言えば、次の二点に尽きる。

☆ドイツの周辺には、日本にとっての韓国のように、反独を国是とする国はない。 
☆ドイツ国内には、日本の〈反日日本人〉のように、独善的な動機で祖国を貶める〈反独ドイツ人〉がいない。これには、メディアもふくまれる。

そしてドイツは、韓国とわが国の反日勢力によるプロパガンダを受容し、事実関係を確認することもなく日本を非難する。

では、なぜドイツには〈反独ドイツ人〉がいないのに、日本には〈反日日本人〉がいるのか。

本書では、ドイツでの不当な日本非難、日本発の独日ステレオタイプ発信者の実態を明らかにする。そして、ドイツの国家的トリックのカラクリとその崩壊過程を白日のもとにさらす。

一方で、日本に巣くう〈反日日本人〉の心理メカニズムを、脳科学、民俗学、心理学などの観点から分析する。

アフリカ系アメリカ人で歴史を専門に研究するジェラルド・ホーンは、『人種戦争 太平洋戦争もう一つの真実』(英語版原著二〇〇四年刊。邦訳は祥伝社より二〇一五年。邦訳より訳出)で、日本の戦争がアジア・アフリカなどのいわゆる有色人種による植民地支配打倒のきっかけを作った、と世界史のなかに位置づける。ドイツと日本の戦争の歴史的意味はまったく異なっていることが、第三者によって裏づけられたわけだ。

いまわれわれは世界で何が起きているかを知り、国際情報戦に参戦することによって独日ステレオタイプにもとづく日本非難を打破しなければならない。日本の国家イメージと名誉を回復し、明日への地保を固めるために。

(文中、ドイツとあるのは、ただし書きがない場合、通称・旧西ドイツから再統一ドイツへとつながるドイツ連邦共和国を指す。登場人物の肩書きはそれぞれ当時のものとし、敬称は略す。太字と傍線は特にことわりのないものは筆者)