RAB☆Kブログ

命懸けの「いいね」


東京でHさんの四十九日・納骨法要に参列した。彼とご縁ができたのは、昨年の6月12日だった。娘が結婚をしたいと言った青年の父だった。そのときにはすでに、肝臓の末期癌だった。

出張の折に自宅へお邪魔し、あいさつした。自称ビートルズ・マニアで、玄関からトイレまでグッズが陳列してあった。ぼくより3つ下でウマが合い、出雲へ空路帰る時間ぎりぎりまで話が弾んだ。血色も良く、病魔と闘っている人とは思えなかった。

東京へ出張するたび、H家へ寄った。特に、人は死んだらどうなるかが最先端の科学でどこまで解明されているか、という話題に力を入れた。多くの人は、死後の世界を科学の対象としている研究者がたくさんいることさえ知らない。だが、「21世紀は科学と宗教が融合する世紀となる」とも言われている。

世界中の宗教に地獄が出てくるが、それは人びとの恐怖感を煽り宗教に引きつけるための方便にすぎない。科学が描くあの世は、もっと明るさに満ちたものだ。Hさんも熱心に話を聞いてくれた。関連書を2冊プレゼントすると、自分でもさらに別の本を買って読んだとLINEで知らせてきた。

Hさんは、ぼくのFacebookの熱心な読者となり、とりわけ、そこにつづる出雲の話から出雲にとても興味を持ってくれた。昨夏ぼくの娘婿となった青年の兄(Hさんの長男)に付き添われ、今年2月には出雲へ来てくれた。

その気力は奇跡的で、出雲大社を正式に参拝し、隣接する古代出雲歴史博物館を見学し、地元の食材を中心とした和食のフルコースをほぼ完食した。H父子はともにそば好きで、出雲そばを3回も味わってもらった。翌日には、松江城のお堀を名物のこたつ完備遊覧船で巡ったりもした。

「Facebookを励みに生きていくから、書きつづけて欲しい」と、あるとき頼まれた。人情噺、滑稽噺、海外噺に出雲噺と落語じゃないが連日書いた。そのつどHさんは「いいね」をくれ、的確なコメントをつけてくれることもあった。

四十九日法要の前日、ぼくは風邪気味だったところへ東京で土砂降りにあい、体が冷え切ってしまった。出雲へ帰って熱は39.2度まであがり、肺炎と診断され、医師に絶対安静を言い渡された。でも、Hさんと知り合った日からちょうど1年目の今日のうちに書き残しておきたいと、キーボードに向かった。

振り返ると、Hさんのくれた最後の「いいね」は命日の2日前だった。良き友を失った。合掌


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