RAB☆Kブログ

実は自爆テロの本場だったスリランカ


えっ! なんで?。スリランカで同時多発テロが起きたとの第一報を聞き、正直そう思った。平和がもどったと思っていたのに。

ニューデリー特派員をしているとき、少なくとも4回、〈インド洋の真珠〉と呼ばれるあの島国へ行った。少数派ヒンドゥー教徒タミル人過激派「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)と政府軍、さらに多数派仏教徒シンハラ人過激派が三つ巴の内戦をしていた。最大都市コロンボを歩いていると、川に死体が浮いていても誰も気にしないほどテロは日常だった。

非常事態宣言が出された日、ホテルカーをチャーターして市内を走り回ったこともある。事実上の戒厳令で軍部隊には許可なしの発砲が許されていた。兵士以外、街には誰も見かけなかった。各所で検問をされるので、日本の赤いパスポートとインド政府発行の特派員カードを、車の窓に貼り付けるようにして走った。兵士は自動小銃の銃口をこちらに向けて誰何(すいか)するから、そうしないと引き金を引かれる危険があった。

特派員の任期を終え日本へ帰国する前には、妻子を連れて行った。安全な地帯を選んで行動したから、楽しい思い出になった。

その内戦は、いまから10年前に終結した。以後、不穏な動きはほとんど報道されていなかった。

320人以上もの死者を出した今回の自爆テロは、イスラム教徒過激派によるものと伝えられている。ある研究によれば、ぼくが取材していたころをふくむ1980~2003年の間に、世界中で350件の自爆テロ事件が発生し、うちLTTEによるものが最多で76件だった。当時、スリランカにイスラム過激派はおそらく存在しておらず、自爆テロと言えばLTTEが世界的に知られていた。

LTTE最高司令官のプラバカラン議長は、決してメディアに登場せず謎に包まれていた。ぼくはナンバー2のキッツ副司令官に単独会見しスクープしたことがある。国民から鬼のように恐れられていたが、かなり小柄で日本にすごく興味を抱く人の良さを感じる人物なのが意外だった。ぼくが東京本社に帰って数年後、彼は乗っていた船が撃沈されて亡くなったことを外電で知った。

今回の自爆テロは、イスラム過激派がLTTEのお株を奪った形とも言える。

赤道に近い常夏の島だが、人びとはフレンドリーだし、超激辛カレーは別として、食べ物も美味しい。孫が成長した数年後には、ファミリー3世代でスリランカを再訪しようと思っていた矢先だった。もう一度、平和がもどることを願う。


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