RAB☆Kブログ

島根は変われるか


「いまどき、地元出身者がどうのと言ってる場合じゃないだろ」。ある友人はきっぱり言った。島根県知事選が盛り上がった。ぼくが、今年に入って出雲で会った30代から70代のすべての人が、丸山支持だった。

1月、自民党県連が東京で選挙対策委員会を開いたところ、ベテラン県議ら3人が松江市出身の元総務省消防庁次官・大庭誠司氏(59)、中堅若手県議3人が福岡県出身の元総務官僚で島根県政策企画局長だった丸山達也氏(49)を推した。その後、国会議員5人が別室で協議し竹下亘県連会長の判断で大庭氏に決めた、と地元紙が伝えた。「島根県人だから」という理由だったそうだ。

自民党県議22人のうち14人が丸山氏支持だったが、ボスによって押し切られて反発し、44年ぶりの保守分裂選挙になった。ぼくは「いまさら島根県人だからなんて」と思い、1月11日、〈幕末の攘夷(外国勢力排斥)派と開国派の争いを思わせる〉と書いた。ブログのアクセス数が飛躍的に増えた。

選挙戦に突入し、ある友人は言った。「丸山さんは、島根県に赴任したとき、家族もいっしょだった。不登校だった息子さんが、島根では学校に行けるようになり、家族は島根にとても感謝したそう。丸山さんの任期が終わっても、家族は島根に残り、逆単身赴任になった。選挙戦では、奥さん(48)、息子さん(20)も懸命に運動している。知事ポストに“腰掛け”するみたいなロートルの大庭さんが勝てるわけないと思うよ」

ぼくはダブルスコアで丸山さんが勝つのでは、と感じていた。だが、そこは自民王国、大庭さんを党本部が推薦し、投票を党議拘束して締め付けた。国会議員にとっては、丸山氏が立憲民主党など野党県議の支持を受けたことも容認しがたかった。若手県議らはそれを無視し、丸山支持で奮闘した。

2000年10月の長野県知事選を思い出した。前副知事の候補を推すある自民党国会議員が「史上最強の選挙組織だ」とうそぶいたが、市民グループが担ぎ上げた作家の田中康夫さんが大差で勝った。ぼくはその選挙戦を戦った100人以上に取材し、『長野10月革命』(世論社)を上梓した。

その選挙ほどドラマチックではない。とは言え、画期的な知事選ではあった。出雲にUターンして6年目だが、県人がこれほど政治を語るのは初めての経験だった。

たぶん、かつての保守分裂選挙以来44年ぶりのことだろう。あるメディアはこう書いた。〈有力な国会議員を頂点に地方議員が連なる竹下・青木王国のピラミッド構造は崩れた〉

この熱気に乗って丸山新知事は、がんがん大胆な施策を打ち出せばいい。何事にも控えめな島根が変わる好機なのはまちがいない。


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