RAB☆Kブログ

「出雲」ナンバーとマッカーサー


出雲のいわゆるご当地ナンバーのデザインが決定した。出雲神話の一番有名な須佐之男命が八岐大蛇を退治するエピソードから、虹をイメージしたカラーでオロチを表現した。事前に候補作が発表され、ぼくたち夫婦も、このデザインが一番いいと意見が一致した。2020年度から交付されるという。

ただ、出雲→スサノオ→ヤマタノオロチという発想には、若干、引っかかるものがある。オロチ退治の話は、古事記・日本書紀にはあるが出雲国風土記にはなく、大きな謎とされてきた。

それについて、作家の故・西村京太郎さんが非常に興味深い説を書き残している。今年1月に刊行された遺作『十津川警部 出雲伝説と木次線』のなかにこうある。〈もともと、スサノオは、大和朝廷の神で、出雲王国を滅ぼしてから、乗り込んできた占領軍の代表である。今にいたるまで、延々と勝者の英雄を神として、あがめ続けてきたのが、不自然なのである〉

ぼくも、記紀にある「国譲り」は、激しい残虐な戦闘の結果、出雲を治めていた大国主命がやむを得ず受け入れた出来事だったと思う。降伏条件として、大和朝廷の天照大神が「この世」を治めるなら、オオクニヌシは「あの世」を治めるため天にそびえる大神殿を建てるよう要求した。それが出雲大社だ。

西村説をぼくなりに解釈すれば、スサノオはGHQ(進駐軍、占領軍)の司令官マッカーサーそっくりの存在だったのだろう。

オオクニヌシの自決後、出雲を占領・統治したスサノオは、暴れ川だった斐伊川の治水に成功した。それを大和朝廷は高く評価し、八岐大蛇伝説として物語化し記紀につづった。

出雲国風土記は大和から派遣された国造によって監修されたが、オロチ退治は敗北にからむエピソードだから、地元に配慮し載せなかったのではないか。それでも伝説は時の流れとともに浸透し、スサノオも出雲の神として定着していったと思われる。

その背後には、大和による出雲の民のマインド・コントロールがあった。

出雲大社の北西の海端には、アマテラスとスサノオを祀る日御碕神社があり、出雲大社を“監視”している。また、オロチ退治をきっかけに結ばれたスサノオとクシナダヒメを祀る神社は、出雲をはじめ全国に数百社もある。たとえば、埼玉県大宮の氷川神社などが有名だ。

第二次世界大戦後、日本ではマッカーサー神社を建てる計画があった。反対の声も強く実現しなかったが、古代には先例があったことになる。日本人というのは、そういう宗教観を持っている。

つまり、出雲のナンバープレートにオロチを描くのは、古代出雲王国が大和朝廷に屈したことを象徴するものとも言える。そのため、ぼくは引っかかるのだが、出雲は国譲りの直後から政略結婚などで大和に同化してきたのも事実だった。


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