RAB☆Kブログ

インド社会の病理――テロとレイプ


 

 世界の新興国として注目されるインドには、どうしようもない負の側面がある。

 あるときニューデリー東部の自宅近くで遊んでいた5歳の女の子が、行方不明になった。両親は懸命に探し、警察に駆け込んだが無視された。

 丸2日後、一家が暮らすアパート建物の1階にある部屋の中から、住民が少女のうめき声を聞きつけた。女の子はレイプされ、水も食べ物もない部屋に放置されていた。

 すぐ病院に収容されたが、性器にろうそくや瓶を挿入されて傷ついており外科手術や感染症の治療が必要だった。一命はなんとかとりとめた。

 女児が発見された部屋に住んでいたマノージという22歳の男が、インド東部ビハール州で逮捕された。マノージは、女の子を殺してしまったと思い込み、列車に乗って出身地へ逃走していたという。

 供述によると、約2時間にわたって拷問のような性的いたずらをした。

 両親は、警察が「医療費」の名目で“口止め料”として2000ルピー(約3700円)を渡そうとしたと主張している。

 事件発覚直後から、地元の警察署前などで大規模な抗議運動が行われた。デリー中心部の公園脇でも複数の女性団体・学生団体メンバーら約200人が集まり、「警察署長は辞職せよ!」などとスローガンを叫んだ。

 地元警察のトップ3人が停職処分とされた。そのうち2人は、両親の訴えに対し適切な対応をしなかった責任を問われた。もうひとりは、女の子の収容されている病院の前で、市民らが警察に対する抗議を行っていたとき、参加者の若い女性を平手打ちにしたシーンがテレビで放映され、処分された。

 インドでは、やはりデリーで女子学生が集団レイプされなぶり殺されて以来、若い女性や女児への性的暴行事件が相次いでいた。いずれも、警察の無能ぶりを露呈したものとして、抗議運動は全国に広がっている。

 インド警察の無能は、いまにはじまったことではない。20年以上前のことだが、ぼくたち一家が住んでいたころにも、おなじような事件はくり返されていた。警察官は、「官憲意識」が強く、市民の味方になるより権力を振りかざすケースのほうが多い。そして、警察官に限らず、“袖の下”がなければ動こうとしない傾向がある。

 アジア人権センターが発表した統計レポートによると、年間7000件以上のレイプ事件が起きている。それでも「事件の多くは警察に届けられず、表に表れた数字は氷山の一角だ」としている。

 ぼくがみるかぎり、こうした事件の背景には、やはり貧富の格差にともなうフラストレーションや社会の矛盾があるだろう。

 2008年にインドを再訪したとき、最高学府デリー大学で教鞭を執る旧友のプラメシュは、“格差の恐怖”を口にしていた。そのとき、深刻な社会問題となっていたのは、イスラム教徒の一部過激派によるテロだった。

 過去四半世紀、経済的な急成長を遂げるインドだが、ヒンドゥー教主体の国であり、イスラム教徒に貧しい者が比較的多いのは現実だ。格差が広がり、絶望的になってテロに走る若者の絶対数も、それだけ急増している。テロは宗教的理由というより社会的なところに主因があるだろう。

 インドのテロとレイプは、貧困=絶望というある意味で同根の部分があるように思えてならない。経済的に突っ走るインドは、そのスピードとともに矛盾も広がっている。


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