RAB☆Kブログ

卵かけご飯に敬礼!


 

  卵かけご飯のための醤油が売れているという。卵かけご飯のためのライスというのもあるようだ。たかが卵かけご飯だが、その奥は深い。

 ぼくは、心底からその奥の深さを知っている。

 インドのニューデリーに特派員として駐在していたとき、日本食への愛に目覚めた。なかでも、卵かけご飯は、夢のまた夢だった。

 日本に生まれ育ったから、日本食は当たり前に食べていた。むしろ、チーズやハンバーグを初めて口にしたときの驚きを覚えている。

 現代の日本は、食が欧米化していると言われる。だが、日本食というベースがあってこその欧米化じゃなきゃだめだと思う。

 ぼくの一家がインドに駐在していたふた昔、日本食品店などというものはなかった。ニューデリーに日本食レストランというふれこみの店『東京』ができたことはある。

 そのオープンキャンペーンに、日本人駐在員とその家族を招待してくれた。お任せのコース料理で、まず出てきたのはおにぎり、最後に出てきたのは焼き鳥だった!

 ニューデリーで日本食を確保するには、涙ぐましい努力をしなければならなかった。日本人だから、ふとお豆腐が食べたくなったりする。そういうときにはハウス食品の『手作り ほんとうふ』という商品が活躍した。日本産丸大豆の粉末を凝固剤で固めると、なんとなく絹ごし豆腐になった。

 あるとき、ぼくのかみさんは、日本人学校の某先生が日本からにがりを持ってきていることを知った。それを少しわけてもらい、インド産の大豆をゆでて絞り、本格的なお豆腐を完成させた。

 さっそく、親しい日本人を招いてホームパーティを開いた。「自家製のお豆腐をご用意しています」というのが売りだった。

 招かれた人たちは「そうは言っても『ほんとうふ』じゃないの」と言って口に運んだ。「それじゃ、わが家手作りの証拠に、おからの料理も出します」

 テーブルにおから料理を運んで来たときには、歓声があがった。かみさんの株も一気にあがった。

 生卵の思い出も忘れられない。インド産の卵なんて死んでも生では食べられない。日本人の誰かが、国外出張か旅行でシンガポールに行ったとき、伊勢丹の食品売り場で卵パックを大量に買い込み、手荷物として飛行機でデリーまで運ぶ。「シンガポールのお土産で~す」と、親しい人に2個3個と配って歩く。

 もらった人たちは、闇屋で買ったジャポニカ米を炊いて、涙を流さんばかりに卵ご飯を口に入れ、ささやかな幸せを噛みしめるのだった。

 そういう生活を3年間つづけた。だからいまでも、日本食への思い入れはんぱじゃない。


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