RAB☆Kブログ

あの時は、軽い集団ヒステリーだった


 このところ、「post truth( ポスト・トゥルース)」という言葉を、メディアでよく見かけるようになった。「ポスト真実」と訳して使われることもある。

 イギリスのオックスフォード大学出版局は、2016年を象徴する単語としてこの言葉をあげたそうだ。イギリスのEU離脱をめぐる国民投票やアメリカ大統領選でのトランプ当選など、あり得ないと思われていたことがつぎつぎと起こり現実のものとなっていくなかでのことだ。

 これについて山陰中央新報は、2月9日、文化欄の〈ネット社会時評〉のコーナーで評論家・大澤聡氏のコラムを掲載した。おそらく、共同通信の配信による記事だろう。そこにはこう書かれている。

 〈真実を見極め、重視する態度が過去のものとして追いやられる。ようするに、客観的な事実よりも、感情的な主張こそが政治や世論に決定的な影響を与える風潮を指す〉

 大澤氏は、結論としてこう述べる。〈今からでもぎりぎり間に合う、熟考の時間を取り戻すべきじゃないのか〉

 ご本人は大まじめに書いているのだろうが、その言葉を、そっくり共同通信とその加盟紙である山陰中央新報に捧げたい。

 2015年の戦後70年の政治イベントのなかで、国民がいくらか熱くなって注目したのは、安全保障関連法案をめぐる国会での騒動と周辺デモだった。

 参議院特別委員会室前の通路で、9月16日夜、民主党などは、ピンクの鉢巻きをした女性議員団20数人を「盾」にして委員長や委員の入室を妨害し、「触るな!セクハラだ!」と声を上げさせた。その光景は、公党や国会議員が議事堂内でおこなうべきものではなかった。「法案採決に体を張って抵抗したぞ」というパフォーマンスなのだろう。

 フジテレビ・ニュースは「女性蔑視ではないか、との声がある」と伝え、週刊ポストは「『国会セクハラ戦術』は悩める女性たちへの冒涜ではないか」と批判した。

 朝日新聞が先頭に立って、「戦争法案だ」とか「徴兵制につながる」と法案に反対し、野党や国民、他のメディアを煽ったことが背景にある。共同通信もその一翼を担った。

 「では、安保環境が急激に悪化しているなか、わが国はどう対応するのか」という本質的な議論は、国会論戦でもメディア報道でも脇に追いやられた。

 法案が通過するまでに、朝日新聞に載った「戦争法案」という言葉の入る記事や投書は588本あった。毎日新聞は441本だった。読売新聞は100本だったが、それらは否定的な文脈で使われたものだった。テレビ局の多くも反対論に傾き、国民は冷静な判断ができなくなり、著名人、芸能人をふくむ多くが反対派になった。

 ぼくが知るかぎり、朝日など左派メディアや、それに出る左派コメンテーターの誰一人、法案をきちんと読んで論駁する姿勢をみせなかった。あの騒ぎは〈客観的な事実よりも、感情的な主張こそが政治や世論に決定的な影響を与える風潮〉そのものだった。

 左派メディアはまだキャンキャン言っているが、感情論を排し冷静に考えてみたら。〈今からでもぎりぎり間に合う、熟考の時間を取り戻すべきじゃないのか〉


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