=虫の声を聞ける脳=
出雲フォト日記Ⅱ | 2020年8月10日
このあいだ8月7日が立秋だった。でもそのずっと前から、わが家の周囲では虫の声がしていた。はっきり言って、やかましいほどだ。
でも、虫の声を聞けるのは日本人だけだという。『右脳と左脳 脳センサーでさぐる意識下の世界』(小学館ライブラリー、1992年)で読んで驚いた。執筆した東京医科歯科大学の角田忠信教授によると、ポイントは、ある人が日本語を母語とするか外国語を母語とするかのちがいだそうだ。
本では日本人と西洋人の比較が主に出てくる。ぼくは、〈日本語話者〉と〈非日本語話者〉と呼んだほうがわかりやすいと思う。たとえば、南米人でも、日本語を母語として育てば日本人の脳とおなじ機能を持つという。
人間は、主に言語や論理などを処理する左脳と、音楽や直感、雑音などを処理する右脳を持つことはよく知られている。
〈日本語話者〉は虫の音も左脳で聞く。〈非日本語話者〉は右脳で雑音だと認知するようだ。だからぼくらは、♪秋の夜長を 鳴き通す ああ おもしろい虫のこえ♪を聞けるのに、〈非日本語話者〉は聞けない。
〈日本語話者〉は情緒性とか自然性を、左脳で処理する。ドナルド・キーンさんがあれだけ日本の文化や文学に詳しかったのは、脳が〈日本語話者〉だったからだろう。
大日本帝国のころ、朝鮮も台湾も日本語教育が行われていた。当時の人びとは一様に英会話が苦手だったそうだ。ところが戦後、朝鮮も台湾もそれぞれの言語を使うようになり、英会話能力が〈日本語話者〉に比べて格段にあがったという。外国語を右脳で処理するようになったかららしい。
ぼくも英語やドイツ語にはいまでも苦労している。そういう脳の処理機能は、いまさら変えられない。でも、角田教授は日本人に向けてこう書いている。
〈固有の文化を維持して、創造を目指すには、思考の原点である、より高度な国語を身につけることが不可欠である〉
ぼくは、仕事として「高度な国語」で文章を書きつづけようと努めている。そのおかげか、年を取るとともに創造力が増しているように感じる。
虫の声が聞けるなんて、やっぱりいいじゃないか。時にはうるさいけど。
さまざまの虫の声にも知られけり生きとし生けるもののおもひは
明治天皇 御製